交通事故による脳脊髄液漏出症

私と脳脊髄液漏出症との関わり

私は、平成9年(1997年)以降、長年、交通事故の損害賠償問題を担当させて頂いていますが、その中で、低髄液圧症候群、脳脊髄液減少症あるいは脳脊髄液漏出症<注>などと書かれた診断書を沢山見てきました。
<注>以下では、基本的に「脳脊髄液漏出症」と表記を統一します。

 

その多くは、交通事故によって頭部外傷を受けたり、頸椎(首)に衝撃を受けた、高次脳機能障害や鞭打ち症の方々のものです。

 

しかし、残念ながら、脳脊髄液漏出症を理由に自賠責保険に後遺障害の申請をしても、脳脊髄液漏出症とは認めて貰えず、裁判に訴えても、殆どのケースで、被害者の症状は脳脊髄液漏出症とはいえない、脳脊髄液漏出症については診断基準が確立されていない、あるいは、交通事故と被害者が訴える脳脊髄液漏出症の症状との間には因果関係は認められない等の理由により、脳脊髄液漏出症が否定されていました。

 

平成18年(2006年)に購入した「脳脊髄液漏出症」書籍

そんな時期に手にしたのが、「低髄液圧症候群~ブラッドパッチを受けた人、または、これから受ける人へ~」(株式会社自動車保険ジャーナル2006年10月24日初版発行)です。

 

関東中央病院の脳神経外科部長であった吉本智信医師の著書で、タイトルから分かるように、当時は、脳脊髄液漏出症ではなく低髄液圧症候群の診断名が一般的でした。

 

前書きには、「最近、新聞およびテレビで盛んに低髄液圧症候群の報道を見かけるようになった。」「『交通事故などの場合、損害保険会社などが認めないために被害者が困っている』とも報道されている。」と書かれており、当時の空気感が伝わってきます。

 

続けて、低髄液圧症候群は100年近く前から知られていた病態であったことも紹介されていて、脳神経外科医にとっては、低髄液圧症候群は脳外科の教科書にも載るような昔から知られていた疾患であるとも述べられています。

 

一方、最後の8章を見ると、「低髄液圧症候群が民事裁判で認められる」との見出しで、むち打ち症関係の低髄液圧症候群の裁判で原告(被害者)の低髄液圧症候群と言う主張が認められた初めての判決であろうとして、西日本新聞に掲載された平成17年9月22日福岡地裁行橋支部判決が紹介されていました。

 

むち打ち症関連に限定してではありますが、当時から低髄液圧症候群が裁判で認められる事が如何に珍しかったかが分かります。

 

脳脊髄液漏出症をめぐる近時の動向(令和4年現在)

1.厚生労働省における診断・治療の研究(平成19年度~)

吉本医師の著書でも紹介されていたように、当時、交通事故後に脳脊髄液漏出症による起立性頭痛やめまい等により一日中寝たきりとなってしまう交通事故被害者の生活状況が報道されることで、救済されない脳脊髄液漏出症被害者問題が社会問題化していました。

 

このような社会的機運の中で、平成19年度から、国の補助金により厚生労働省で脳脊髄液漏出症の診断・治療の確立に関する研究が開始され、平成23年10月には,脳脊髄液漏出症画像判定基準・画像診断基準が公表され、令和元年12月には、脳脊髄液漏出症診療指針が公刊されました。

 

2.ブラッドパッチの保険適用

平成28年4月からは、脳脊髄液漏出症の治療法であるブラッドパッチ(硬膜外自家血注入療法)が公的医療保険の適用となり、治療費の面から脳脊髄液漏出症の被害者救済が前進しました。

 

3.国交省から日本損害保険協会に対する通知

令和元年12月に脳脊髄液漏出症診療指針が公刊されたことに伴い、交通事故の賠償問題を扱う日本損害保険協会の所管庁である国交省から日本損害保険協会会長に宛てて、同指針を有効活用することにより、自賠責保険等を通じて、脳脊髄液漏出症の被害者保護に務めるよう通知されました。

 

4.脳脊髄液漏出症の診断基準(概要)

脳脊髄液漏出症の診断基準は現在もなお流動的な状態にあると言われており、上記の厚生労働省研究による診断基準以外にも日本脳神経外傷学会や国際頭痛分類の診断基準等があります。

 

近時の裁判例を見ますと、厚生労働省研究による診断基準と国際頭痛分類の双方を引用して判断するものが多いと言われています。

 

具体的には、事故後の臨床症状や画像所見等により診断され、前者は、典型的な臨床症状としての起立性頭痛、後者は、造影MRIでのびまん性の硬膜肥厚増強やCTミエログラフィーでの硬膜外への髄液漏出所見が挙げられます。

 

交通事故の後遺症認定や裁判の現状

以上のように、新たな研究成果としての診断基準等が自賠責保険や裁判での後遺症認定に影響を与えているであろうと思われるものの、実際には、それらの診断基準を踏まえた上で、脳脊髄液漏出症が否定されるケースも多く、まだまだ、脳脊髄液漏出症が認められやすくなったといえるには程遠い状況にあるという印象です。

 

令和3年12月の大阪高裁判決について

そんな中で、最近、脳脊髄液漏出症を認めた判決があります。

 

この判決は、自賠責保険の後遺障害認定においては「脳脊髄液減少症との診断を証明する他覚的所見」はないとの理由で脳脊髄液減少症が否定され、後遺障害14級の認定に止まった事案において、脳脊髄液漏出症の各診断基準に照らし、被害者の事故後の症状(起立性頭痛,全身倦怠感・易疲労性,意欲低下,聴覚過敏,耳鳴,めまいなど)を脳脊髄液漏出症によるものと認めました。

 

そして、後遺障害の程度については、「神経系統の機能又は精神に障害を残し,服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」として後遺障害等級9級10号に該当すると判示し、既払い金の他2356万円の賠償金支払を命じました(令和3年12月15日大阪高裁判決。出典:ウエストロー・ジャパン)

 

このように脳脊髄液漏出症が認められ、高額な賠償金が認定されるケースもありますので、諦めないことが肝心です。

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