【高齢者の交通事故判例④】自動車と衝突し死亡した無職の高齢者(90歳女性)について、事故前年の女性労働者の平均賃金の7割を基礎収入として、死亡による逸失利益(家事労働分)が認められた事例

(平成27年8月28日名古屋地裁判決/出典:交民48巻4号1042頁等)

事故の状況

信号機のない交差点で横断歩道上を歩行中、交差点を直進してきた貨物自動車に衝突された。

 

けが(経過)

急性硬膜下血腫により、翌日死亡した。

 

判決のポイント

被害者は、年金収入のみの超高齢者でした。就労していない為、年金収入以外には事故による逸失利益はないと判断されそうですが、裁判では、無職でも家事労働の実態があれば、休業損害や逸失利益が認められます。

 

本件の被害者は、事故当時、健康状態には特段の問題はなく、自営業の長男と同居して、家事一切を行っていたことから、家事労働者であったと評価され、これを前提に、家事労働分の逸失利益が損害として認定されました(尚、本件では事故翌日に亡くなった為、死亡までの休業損害は発生せず、休業損害は認定されていません)。

 

但し、90歳の超高齢者のため若い人と同程度の家事労働は困難と推認されること、又、長男は成人していて手がかからない等の事情があったことから、逸失利益の算定にあたっては、一般に家事労働の評価に用いられる女性労働者の年間平均賃金にはよらず、その7割に相当する金額を基礎として、378万円の逸失利益(家事労働分)が認定されました。

 

【2023年3月29日更新】

(平成31年3月1日京都地裁判決/出典:交民52巻2号273頁等)

 

事故の状況

事故現場の道路には、横断歩道はなく、近くに交差点もなかった。道路上にはトラックが停止中で、トラックの物陰から、原告(被害者)が道路に出てきたところ、直進してきた被告車(オートバイ)に衝突された。

 

けが(傷害)

肝破裂、右副腎損傷、両側肺挫傷、右多発肋骨骨折、多発胸椎横突起骨折、右示指・中指腱断裂・開放骨折および右環指関節内骨折等

 

治療期間

入院4ヶ月半

 

後遺障害

自賠責保険の認定は、次の①②により併合9級

①右手指の機能障害につき併合10級相当(右示指、中指の機能障害10級7号、右環指の機能障害14級7号)
②腹部外傷後の胆のうの障害(肝損傷に伴う胆のうの摘出)につき13級11号

 

過失割合

原告(被害者)15%、被告(警察オートバイ)85%

 

判決のポイント

①過失割合

本件の事故状況では、本来、双方の過失割合は、原告(被害者)が20%、被告(警察オートバイ)80%と思われますが、裁判所は、「被害者が事故当時83歳という高齢者であり、歩行者の中でも特に保護の要請が高い」ことも考慮事由として挙げ、その過失割合を15%と認定しました。

 

② 後遺障害

被害者は、事故後の長期入院により両下肢機能が低下し、肝破裂縫合術後の廃用症候群と診断されましたが、提訴前の自賠責保険の認定では、両下肢の廃用症候群の症状は、当該部位に外傷性の異常所見や神経損傷等が認められないとの理由で、後遺障害には該当しないと判断されました。

 

そこで、原告(被害者)は裁判で、廃用症候群としての両下肢機能障害も事故による後遺障害であると主張したところ、裁判所は、主治医見解等を根拠に、「原告の両下肢機能障害と事故との間には医学的な因果関係がある」と述べ、12級7号の後遺障害(「1下肢の三大関節中の1関節の機能に障害を残すもの」)に該当すると認定しました。

 

もっとも、認定された等級は12級に過ぎなかったため、全体としての等級自体は、提訴前の認定結果(併合9級)と変わりませんでした。

 

③ 介護施設費用

被害者は、事故前は2階建ての自宅で一人暮らしでしたが、事故後は施設入居を余儀なくされたため、裁判では、施設費用についても支払を求めましたが、被告側は、両下肢の機能障害を理由とする施設入所は、本件事故と因果関係がないと反論しました。

 

これに対し、裁判所は、上記のとおり下肢の機能障害を事故による後遺障害と認めた上で、退院後は、同居の介護者なしに自宅で一人暮らしをすることは困難であると述べて、施設費用も事故による損害であると認めました。

 

小林のコメント

高齢者の場合、入院により長期間ベッド上での生活を余儀なくされることにより身体機能が低下し、立位保持や歩行が困難になるなど、廃用症候群と総称される二次障害を来すことは良くみられます。

 

これは事故による直接の外傷とはいえませんが、本判決は、このような二次障害についても事故との因果関係を認めました。

 

高齢被害者保護の見地から、事故と障害との相当因果関係の有無を丁寧に検討・判断した結果と捉えることができます。

 

【2023年3月29日更新】
執筆者:渋谷シエル法律事務所 弁護士小林ゆか

 

【2023年6月29日更新】

(平成28年5月20日東京地裁判決/出典:交民49巻3号617頁等)

 

事故状況

停留所でバスに乗り込み、車内中ほどの優先席(空席)の前で立ち止まり、車外の子に手を振っていたところ、運転手が着席を確認しないままバスを発進させたため、発信後、通路を挟んで優先席の反対側にある席に座ろうとした際にバランスを崩して転倒した。

 

けが(傷害)

右大腿骨転子部骨折

 

治療期間

約9ヶ月(入院約4ヶ月、通院約5ヶ月)

 

後遺障害

自賠責保険の認定は、右大腿外側の疼痛と右股関節の可動域制限により後遺障害12級7号

 

過失割合

被害者3割、バス側7割

 

判決のポイント

①過失割合

裁判所は、バス運転手が被害者の着席確認を行ってからバスを発進させていれば本件事故は発生しなかったとして、バス運転手の過失を認めた。

 

一方、被害者も、目の前の優先席(空席)に座らずに手すりから手を離して反対側にある席に移動しようとして転倒したことを理由に、事故の発生について過失があるとした。

 

ただし、双方の過失割合については、被害者が「83歳の高齢者であることを考慮するとその過失割合は3割と認めるのが相当である」と述べて、被害者に有利に認定した。

 

② 休業損害

被害者は事故当時、入院中の夫の面会に行って夫の身の回りの世話をしていたことから、裁判所は、事故によって夫の世話ができなくなったことを理由に、事故当時(平成25年)の女性労働者70歳以上の年収の約7割(200万円)を基礎収入として、事故による入院期間分の休業損害を以下の計算式により算定した。

 

計算式:200万円÷365日×114日=62万4657円

 

小林のコメント

①過失割合について

事故状況だけをみると、目の前の優先座席に着席せずに移動しようとした被害者過失の方が大きいようにも思えます。

 

しかし、判決文をみると、事故当時、路線バスでの高齢者の転倒・骨折事故が多発していたことや、国土交通省自動車交通局が、車内事故防止の最も重要な取組みとして発進前の高齢者等の着席確認を推奨していたこと、さらには、消費者庁が、公益社団法人日本バス協会に継続して事故防止に積極的に取り組むよう各バス会社への周知を要請していた事実などが認定されています。

 

裁判所は、このような社会背景を踏まえて、被害者である高齢女性の着席を確認せずにバスを発進させた運転手の過失を認め、尚且つ、交通弱者といわれる高齢者に有利になるよう、バス側に7割という重い過失を認定したものと考えます。

 

②休業損害について

無職の高齢者であっても、自分以外の家族等のための家事に従事していた実態があれば、裁判では、実態に応じた休業損害が認められます。

 

本件の被害者は、無職の高齢者でしたが、事故後は夫の世話(家事)ができなくなったため、裁判では、上記の算定方法により、休業損害が認められました。

 

因みに、被害者が受傷した右大腿骨転子部骨折は、脚の付け根に近い「転子部」の骨折で、骨粗鬆症の進んだ高齢者に多く、屋内での受傷が多いといわれています。

 

本件の被害者も事故当時83歳の高齢女性で、バス内での転倒事故という意味では、大腿骨転子部骨折の典型的な受傷例といえます。

 

【2023年6月29日更新】
執筆者:渋谷シエル法律事務所 弁護士小林ゆか

 

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