【高齢者の交通事故判例③】91歳の女性が商店街の交差点内を歩行中、20代女性と出会い頭衝突して転倒し、右大腿骨頸部骨折などの傷害を負った事故で、事故により同居の次女による介護が必要になった事を理由とする将来介護費の請求が否定された事例

(東京地裁平成18年6月15日判決、判タ1241号143頁)

事故の状況

現場は東京都世田谷区北沢の商店街。交差する各道路からは沢山の人が歩いて交差点内に流入していたところ、20代女性が交差点中央付近で道路脇に買い物をしようとしていた店を見つけて振り返り立ち止まろうとした際、ゆっくり交差点内を歩行してきた被害者に気付かず、肩を衝突させたため、被害者は反動で後方に仰向けに転倒し、臀部を強打し、結果、右大腿骨頸部骨折などの傷害を負った。

 

治療の経過

事故後90日間入院し、手術を受け、退院後も半年間リハビリのために通院し、右股関節痛の他、同部に可動域制限等の運動機能障害が残った。

 

後遺障害

等級12級7号相当(「1下肢の3大関節中の1関節の機能に障害を残すもの」)。

 

争点

①20代女性歩行者の過失責任の有無
②過失相殺の有無
③損害賠償の額

 

判決の概要

裁判所はまず、過失の有無について、「歩行者の中には、幼児、高齢者、視覚等障害者など一般の成人に比べ、知覚、筋肉、骨格等の身体的能力が劣るために、歩行の速度が遅く、身体のバランスを崩しやすく、臨機応変に進路を変えることができず、ひとたび衝突、転倒すると重い傷害を残しやすいといった特質を備える者が一定割合存在している」とし、健康な成人歩行者が道路を歩行するにあたっては、自己の進路上にそのような歩行弱者が存在しないかどうかにも注意を払う必要がある等と述べ、本件20代女性には、歩行中右前方の確認を怠った過失があるとして、民法709条に基づく損害賠償責任を認めました。

 

しかし、高齢女性にも衝突の態様等に鑑みて3割の過失があるとして、過失相殺を認め、結果、779万円の支払を命じました(賠償金の内訳は、治療関係費、付添費、休業損害、後遺障害逸失利益等の他、弁護士費用を含みます)。

 

ただし、被害者が請求した将来介護費1580万2310円については、認めませんでした。

 

判決のポイント

被害者が求めた将来介護費の内容は、「事故により右足の運動機能障害という後遺障害が残ったため、家事労働が出来なくなった。」「車いすや歩行器を使っての移動を余儀なくされ、また、排泄、入浴等の日常生活を送るにあたり、終生、同居の次女による常時介護が必要となった」というもので、平均余命期間(5年)につき1日あたり1万円の介護費として、1580万2310円を請求しましたが、裁判所は、原告の現在の歩行能力は自宅内の伝え歩きのみで外出時は車いすを使用せざるを得ない状態にあると認定したものの、次の理由により、将来の介護費を否定しました。

 

「自宅に段差をなくす改造を加えたことにより風呂とトイレは自力で入れること、次女が本件事故前から原告と同居しており、一定程度の家事を分担してきたこと、原告は現在でも店番が可能であり、その間に次女において家事や買い物をすることが出来る事が認められる。そうすると、排泄介助や移動その他の日常生活のあらゆる面において次女の介護を常時必要とする状況にあるとまでは言いがたく、他にその必要を認めるに足りる証拠もない。」

 

小林のコメント

将来介護費とは、症状固定後、生涯にわたり要する介護のための費用です。重篤な後遺障害が残ったケースでは、必要があれば、将来介護費が被害者本人の損害として認められ、その額は一般に、近親者付添人につき1日あたり8000円程度とされます。

 

もっとも通常は、常時介護、随時介護を前提とした後遺障害と評価される自賠責後遺障害等級1級・2級(労働能力喪失率は100%)に相当する症状が残存した場合に認められ、本件のように後遺障害12級相当(12級の労働能力喪失率は14%)では、将来介護費が認められることは殆どありません。

 

同居する家族からすると、事故前は杖も使わず元気に家事労働等をしていたのに、事故後は外出には車いすが必要になる等、介助を要する場面が多くなったにもかかわらず、介護費が認められないのは不合理と感じるでしょうが、裁判では、近親者が行った何らかの支援が全て賠償金に反映されるわけではないことをご理解戴きたいと思います。

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