【高齢者の交通事故判例⑯】高齢者の交通事故と既往症|素因減額は認められても後遺障害慰謝料は減額されなかった事例
判決の概要
75歳の高齢者が被害者となった交通事故で、既往症(糖尿病由来の慢性腎臓病等)の影響により治療が長期化した事案です。裁判所は、入通院に関する損害(治療費や入通院慰謝料など)については30%の素因減額を認めた一方、後遺障害そのものには既往症の影響を認めず、後遺障害慰謝料は減額しませんでした。
高齢被害者の交通事故において、既往症がどこまで損害賠償額に影響するのかを判断した実務上参考になる判決です。
裁判所:令和6年7月19日東京地方裁判所判決
出典:交民57巻4号925頁、自保ジャーナル2179号47頁
関係車両:自転車 vs 原動機付自転車
今回ご紹介する判決のポイント
① 高齢被害者の過失割合
② 高齢者の既往症と素因減額の適用範囲
事故の概要

●事故状況
75歳の被害者が自転車で歩道上を走行し、横断歩道に差し掛かったところで横断を開始したところ、道路を直進してきた原動機付自転車に衝突された事故です。
●けが(傷害)
右足関節脱臼骨折
●治療期間
約2年8か月(事故日:平成31年2月22日、症状固定日:令和3年11月4日)
●自賠責保険の後遺障害認定
右下肢の変形障害について、後遺障害等級12級8号(長管骨に変形を残すもの)と認定されました。
●請求額と認容額
被害者は症状固定後に死亡し、相続人が、既払い金(自賠責保険金等)を控除した後の約423万円を請求しました。これに対し、裁判所は約107万円の支払を命じました。
判決のポイント① 過失割合
被害者側は、
・加害者は、本件横断歩道上の歩行者又は自転車等の有無を十分確認しないまま、漫然と時速約25kmで進行した過失により、自転車に原付を衝突させ、本件事故を惹起した。
として、加害者の安全確認義務違反を主張しました。
これに対し加害者側は、
• 被害者の自転車が歩道から突然横断を開始したこと
• 衝突を回避することが不可能であったこと
などから、加害者には過失はない、あるいは被害者にも少なくとも30%以上の過失があると主張しました。
裁判所は、加害者(原付バイク側)に横断歩道付近の安全確認義務があることを前提に、「その過失は大きい」と評価しました。
一方で、被害者についても、「左右の安全確認等を十分にしないまま、原付バイクが本件横断歩道前の停止線を越えようとした辺りで、漫然と本件横断歩道を横断し始めた過失が認められる。」と判示し、過失を認定しました。
その上で裁判所は、「被害者の年齢が75歳であったこと、その他本件に現れた一切の事情を総合すると、被害者と加害者の過失割合は25:75が相当」と述べ、被害者(自転車側)25%・加害者(原付バイク側)75%の過失割合を認定しました。
判決のポイント② 素因減額
本件では、75歳の被害者には事故前から糖尿病由来の慢性腎臓病や高血圧などの既往症があり、人工透析も受けていました。
事故後は、右足関節脱臼骨折の治療過程で創部の壊死や感染が生じ、植皮術などの追加治療を要したため、症状固定まで約2年8か月を要しました。
裁判所は、これらの治療の長期化については、糖尿病由来の慢性腎臓病等の既往症が相当程度影響したと認定し、治療費、入院雑費、通院交通費、入通院慰謝料などについて30%の素因減額を行いました。
一方で、右下肢の変形障害(後遺障害等級12級8号)については、既往症によって生じたものではなく、本件事故による骨折の結果として生じた後遺障害であるとして、後遺障害慰謝料については素因減額を認めませんでした。
小林のコメント

① 高齢者と過失割合
交通事故の実務では、高齢者は「交通弱者」として扱われ、手厚く保護される傾向にあります。本件でも、裁判所は被害者が75歳であったことを、過失割合を判断する際の考慮事情の一つとしています。
② 既往症と素因減額
高齢者は、糖尿病や高血圧などの持病(既往症)を抱えていることが少なくありません。こうした持病が治療の長期化などに影響した場合、その影響分を賠償額から差し引く「素因減額」という考え方が用いられることがあります。
本判決は、高齢の被害者に持病があったとしても、損害の項目ごとに、その持病がどの程度影響したかを個別に検討すべきであり、一律に減額してよいわけではないことを示した点に実務上の意義があります。持病の有無やその影響について、医学的・法的な検討の重要性を改めて示す事例といえるでしょう。
【2026年8月4日更新】
執筆者:シエル法律事務所 弁護士小林ゆか








